フグの毒について

オーナーの熊澤でございます。
写真は当店の店内で、オーナーである私が、天然とらふぐをさばいているときの写真です。
2.3キロ、大きな白子も入って、立派なとらふぐです。
結論を急ぎますと、この写真を公表できるお店様は、今や東京では少数派になりつつあります。
なぜ、か。
先に、今日はふぐの持っている毒について、お話ししましょう。
以下の私の記事の中で、「およそ」など、断定を濁している表記があることのわけも、後程。
猛毒なことは知ってるが、なんだか大丈夫かも。。
ご存知の方も、多くなりましたが、
ふぐの毒は、テトロドトキシン。精製されると、青酸カリの700倍という、生物毒でも有数の猛毒でございます。
どうしてこんな猛毒を持った食材を、日本人はこんなにも美味しいお料理にしてしまったのでしょう?
私が見た海外のサイトで、「猛毒のふぐを日夜食べている日本人の心に武士道の精神を見た」という表現がございました。
そこまで大げさでなくとも、先人の努力には、まったく頭が下がります。
さて、
東京都で、食用と認めているふぐの種類は、とらふぐをはじめ、およそ30種類。
一般に養殖されているふぐは、最も味が良いとされる、とらふぐを養殖するのが当たり前になっていますから、
養殖フグは、ほぼ100パーセント、とらふぐです。
主に肝臓と卵巣に毒があるふぐですが、ふぐの種類によって、皮に毒があったり、完全に無毒だったりします。
また、海域によっても、毒がある場合があって、同じ種類のふぐでも、毒があったり、なかったり、するわけです。
ふぐ食で、何に一番気を付けたいのか
先に書いたことと重なりますが、素人の方に、ふぐで最も気を付けて頂きたいことは、除毒の技術より、実はむしろ、「判別」と、「以前の経験」ではないか、と私は思います。
まず、「判別」です。ふぐには食べられるふぐだけで、30種以上あります。
種類が違うと、食べられる部位も違います。
問題は、その種類をどうやって見分けるか、でして、例えば、マフグの幼魚はショウサイフグにそっくりだったり、大変まぎらわしい。死んで時間が経ったクサフグは、トラフグによく似ています。
外見が似ているからと言って、クサフグの皮を食べたりしたら、猛毒です。
私たちが組合で毎年実施している、ふぐ調理師の模擬試験でも、判別で間違える方が続出します。
プロでも間違える判別ですので、一般の方が間違わずにできるとは、失礼ながら私には思えません。
次に、「以前の経験」です。
ふぐは、食べたものから毒素を体内にため込むことがわかっています。
言い換えれば、
「この間食べたふぐは大丈夫だったから、自分は平気」というのは、当てにならないです。
ふぐ料理を、関西では「てっさ」「てっぴ」「てっちり」などと呼んでいますが、
この「てっ」ってのは、何か、と申しますと、「てっぽう」の、意味だそうで。
確かに、江戸時代までの照準の甘い鉄砲なら、「当たらない時もあるが、当たると死ぬ」というのも、頷けますね。
ふぐ食の、定説とか、迷信とか
長い間語り継がれてきたお話として、以下のようなものがあります。
・よく水にさらせば、大丈夫
・夏のふぐは毒が強い
・どのふぐでも肝だけ外せば大丈夫
・養殖のとらふぐには毒がない
「よく水にさらせば大丈夫」フグの毒は、確かに、水溶性です。しかし、どれだけ水にさらせば大丈夫か、まだ科学的な根拠はありません。
「夏のふぐは毒が強い」というお話には、まだ科学的な根拠が見つかっていません。江戸時代には、夏にふぐが食べられていたという記録があります。
「肝だけ外せば大丈夫」これはあてはまりません。クサフグは皮が猛毒ですし、ヒガンフグの白子は東京都では食べてはいけない部分です。
「養殖のとらふぐは毒がない」という話も、危険なことが潜んでいます。
養殖池は、海中に網をめぐらしています。海底まで、網が垂れ下がっている場所では、海底で毒餌を食べることが否定できません。
技術革新で、淡水で育ったふぐもございます。淡水で、人間が与えるエサだけで育ったのなら、無毒、という主張です。
しかし、養殖の仕方によっては、出荷前に海水域に一度放して、味を出させる工夫が必要だったり、します。
さて、その時の養殖いかだに、毒素を持ったエサが混入していない保証は?
だんだん、心配の根拠が薄れているような気も、しますが。
むしろ、心配されるのは、水揚げされたふぐに、無毒、有毒、の、区別がつけられない点です。
現在の流通では、「このふぐだけを別に流通させる」という方法は、実質、不可能に近い。
他の産地のふぐが混入して、知らずに有毒部位を口にされては、大変です。
以上のように、なくはない、ないとは言えない、ふぐの毒。
将来の技術革新があるまでは、まだ、安全宣言が出せない現状でございます。
東京都のふぐ調理師免許(人の免許)と、認証書(場所の免許)
東京都のふぐ調理に関して、近年条例が改正されました。
「磨きふぐ」と一般に呼ばれる、除毒をされたふぐなら、ふぐ調理師免許を持たない者でも、講習を受けることで、調理して販売することができるようになりました。
一方で、東京都のふぐ調理師免許制度は、過去約60年の間、厳しい規定が課されています。
受験資格に、「過去にふぐ中毒事件を起こしたことがない者」という規定がございます。
つまり、一度でも、ふぐ毒の中毒事件を起こした方は、東京都のふぐ調理師免許は手にすることができません。
他に、3年間、東京都のふぐ調理師免許の許でふぐ調理を実践する必要があります。
試験は、学科、判別、実技。実技は、20分で除毒・調理のすべてを行う、大変ハードな内容です。
これだけ厳しい、東京都のふぐ調理師試験。
でもこれは、ふぐを店内で扱うために必要な2つのうちのひとつ、「人の免許」です。
無事合格して、免許を持ったら、次は調理する場所を保健所に認めてもらわなければなりません。
専用調理師(ふぐ調理師)と、専用調理台、専用包丁、専用冷蔵庫があるか、保健衛生は高水準に保たれているか、など、厳しいチェック項目をパスして、「認証書」という、いわば、「場所の免許」をもらいます。
当店は、ふぐをさばく調理師、そして、さばく施設としての認証書を受けたことで、
写真のように、活きたふぐを店内でさばくことができる、銀座でも少ない施設の一つとして運営を許されている店舗でございます。
その責任は、申すまでもなく、大変重大でございます。
最近の傾向と、その他いろいろ
ふぐの中毒事件は、毎年のように起こっています。
もっとも、キノコの中毒事件のほうが、ふぐの中毒事件よりも、圧倒的に多いのですが。
最近の傾向で、私が一番、危ないな、と感じるのが、作今の釣りブームで、釣ったふぐを食べたい、とおっしゃる方です。
直接・間接的に、さばき方や、毒のある場所を、よく尋ねられます。
私も、釣りをしますから、「この獲物を調理して食べたい」というお気持ち、非常によくわかります。
何とかして・・・そうなんですよね。釣りの獲物、しかも美味しいフグ、ですもの。
でも、私も、レジャーでふぐを釣った時には、持ち帰らずに、逃がしています。
活かしていないと美味しくないふぐ。しかも、洋上という自分には不慣れな環境で、判別がきちんとできるか。
自分が趣味で手にした物で、お客様に万が一があってはなりませんので。
プロの私ですら、という表現は、僭越で、厳しすぎるとは存じますが、
前述しました通り、素人様では、美味しいふぐと、よく似た猛毒ふぐの見分けは難しいと存じます。
その上で、さばき方をご存知で、どんなふぐかわからないのは、危険極まりないと存じます。
それが、この記事でも、私がところどころ、説明をあいまいにしている、まさにそのわけでございます。
当店では、ふぐに関するどんな質問にもお答えいたしますが、「ふぐのどこに毒があるか」という質問には、一切お答えしておりません。
たまに、釣ったふぐを持ち込まれる方がいらっしゃいますが、わけをお話しして、すべて廃棄させて頂いております。
レジャーも、ことふぐに関しては、命がけでされる部分は、私がしますので、
ご安心してご来店のうえ、私のお料理を、のんびりと楽しんで頂けたら、と存じます。
ところで。
これまでも何度か、東京のテレビ局の方から、「スタジオで調理師がふぐをさばきたいのだが、分けてくれないか」というご相談をされたことがございます。
前述の通り、ご本人がふぐ免許証をお持ちでも、場所の免許である「認証書」がないと、その場所でふぐをさばく事は、東京都では許されていません。
ご相談下さったテレビ局の方にも、丁重にご説明の上、お断りしました。
そんなこんなで、今も東京では、スタジオでふぐをさばく光景がオンエアされていない、というわけであります。